猫の温泉・4


>>> 猫の温泉・1
>>> 猫の温泉・2
>>> 猫の温泉・3



まゆみさんは 目をあけました。

すると 目の前に まゆみさん自身が見えました。
目の前のまゆみさんは 湯気のたったマグカップで 何かを飲んでいます。


おそらく あの中身はミルクティー。

だって あのマグカップは ミルクティー用って決めてるから。


そうして 目の前のまゆみさんが 今度は 何かをかじりました。


たぶん あれは ダックワーズ。

ミルクティーにあわせる焼き菓子で 一番すきだから。


目の前の 自分自身が なんとも嬉しそうにしているさまが見えます。


でも なんで?

なんで 私自身が 見えてるの?


とまどいながら まゆみさんは目をとじました。

そして もう一度目をあけると
今度は 目の前のまゆみさんを 見上げている自分に気付きました。


自分のあごの下を見るなんて。


なんだか 不思議なような 笑っちゃうような気持ちになりながら
まゆみさんは 気が付きました。


にしんだ。


目の前のまゆみさんが 視線に気が付いて こちらをみおろしました。


ひざの上の にしんだ。


みおろしているまゆみさんが 目をほそめて 自分の頭をなでました。


これは にしんの 視点なんだ。


身体中に ぶわぁっと あたたかな波が つたわってゆくのが 感じられました。




>>> 猫の温泉・5へ

 

猫の温泉・3


>>> 猫の温泉・1
>>> 猫の温泉・2



視線を 感じました。


どきん としながら
まゆみさんは ゆっくりゆっくり さびねこの方をむきました。


さびねこと まゆみさんの 目が あいました。


さびねこは まゆみさんを じっと 見つめていました。


その ちいさな瞳に 光がきらきら うつっているのが見えました。



瞳が きらきらだ。



まゆみさんの胸に ふわんと
やわらかい いとおしいものが ひろがりました。



にしん みたい。



お湯であったまった まゆみさんの全身の細胞。

その 一粒一粒が わきたつみたいに
さわさわわーっと 熱にくるまれてゆくようでした。



きらきらー・・・。



言葉にならない想いでいっぱいになって
まゆみさんは 目を閉じました。


171201

>>> 猫の温泉・4へ

 

猫の温泉・2


>>> 猫の温泉・1




ふと 湯気のむこうに 気配を感じたような気がしました。

涙をぬぐいながら まゆみさんが そちらに目をむけると
さびねこが ちょぽん と お湯につかっていました。

うそでしょ。

思わず声をだしそうになったのを ぐっとこらえて
まゆみさんは 胸のなかでつぶやきました。

えー・・・ ほんとにー・・・。

・・・。

わー・・・ どうしよう・・・。

・・・。

わー・・・ 動いたらだめだよね・・・。

・・・。

ちょっと・・・ あつくなってきちゃったんだけどな・・・。

ちゃぽん。

と まゆみさんのひたいから ほほへながれた汗が 温泉におちます。

あたりは ますます 暗くなり うっすらと 星が輝きはじめました。



171111



>>> 猫の温泉・3へ


 

猫の温泉・1

「猫がはいりにくる 温泉があるんだって」
そんな話を 10月なかごろ 先輩からきいた。

じゃあ 行ってみようか。
おうちをあけることなんて この10年 ほとんどなかったんだし。

そう思ったら あっというまに 有給の申請をしていて
ささっと旅行の手続きも 進んでしまって
まゆみさんは 10日後には その温泉のお湯につかっていました。

ちゃぽん。

まゆみさんの 指からおちるしずくが 湯気のなかに響きます。

静かだ。
静かすぎる。
ほんとに 猫が温泉になんて来るのかな。

ちゃぽん。

空は ほんの少しのあいだに どんどんたそがれてゆきます。

だって にしん は お風呂なんて 断固拒否してた。

灰色の毛皮の にしん。
今年の春 虹をわたってしまった 13歳の猫のおとこのこ。

最後に にしんがゆっくりと閉じていった瞳を思い出したら
まゆみさんの目に じわりと涙があふれました。

ちゃぽん。

まゆみさんの頬をつたって 涙のしずくが温泉におちました。



neko1-1



>>> 猫の温泉・2へ

 

1